うちの近所の武蔵野市立第三小学校は吹奏楽に力を入れています。
その頑張りは成果としても現れていて、毎年都の大会で上位に入り、全国大会へも出るほどなのです。
数年前最初に彼らの都大会へ行った時の驚きは忘れられません。

 

よその学校はみんながよく知っている曲を演奏するのに、彼らは図抜けて難しい曲(主旋律がどれだかわかにくいようなアヴァンギャルドな曲)を見事に演奏しました。
ピアノのように鍵盤を正確にたたけば正しい音が出る楽器と違って、金管や木管は演奏者がそれぞれその都度音程を作ります。
だから下手な吹奏楽は音のエッジがたっていなくて何とも締まりのない演奏になってしまうのが大抵です。
それなのに小学生が曲想を掴むのも難しい曲をちゃんとエッジをたてて演奏するまでにどれほど大変だったかと指導なさった先生やそれについていった彼らを尊敬して鳥肌がたつほど感動したのでした。

 

あとで聞いたら彼らは夏休みも毎日学校の体育館に集まって練習するのだそうです。
近隣の方に配慮して窓を閉めているせいでひどく暑くて、のぼせて鼻血を出したりするから当番の父兄の他に保健室の先生も詰めての練習だそうです。

 

毎年年度末になると武蔵野市民文化会館で彼らは「ファイナルコンサート」を行います。
一年間に習得したいろいろな曲を披露して、途中彼らを支えたおかあさんたちのコーラスもあります。
韓流ドラマが好きな保健室の先生のため、夏休みのお礼に「冬のソナタ」の主題曲を演奏したときもありました。
そして圧巻は指導された先生が6年生ひとりひとりの思い出と感謝のことばを語りかけて下級生がお花を渡すところです。
あぁ、先生はほんとうに楽員ひとりひとりのことをよく見ていらしたのだなと感心します。
言われた本人は「えっ、そんなところまで先生見ていてくれたの?」と驚くとともに辛かった練習の日々を思い出し、また難しい曲を演奏できた達成感もよみがえって来て涙を流します。
見ているこちらももらい泣きしてしまいます。

 

そしてラストの曲はコンクールのために頑張って練習した難しい曲。
泣いていた子も気持ちを切り替えて演奏に集中し、素敵な顔をしています。
その子どもたちの晴れ晴れしい顔を見るとほんとうに元気をもらえます。

 

ふと、イギリス映画「ブラス!」(1996年、監督マーク・ハーマン)を思い出しました。
閉鎖に追い込まれそうな炭坑のブラスバンドのメンバー(炭坑夫)のさまざまな人生を描いています。
実話をもとに描かれたこの映画、頑固な指揮者を演じるピート・ポスルスウェイトの皺の刻み込まれた顔の表情のすばらしさやまだ初々しいユアン・マクレガーが演じる青年の恋など見所満載です。
メンバーそれぞれが一度は絶望の淵に追いやられるのだけれど、結局コンクールの決勝にたどり着きロイヤル・アルバート・ホールで演奏する「ウィリアムテル序曲」に聞き惚れ、ラストの「威風堂々」を聞きながら気持ちよく涙をながせる、とっても素敵な音楽映画になっています。

映画「ブラス!」のようにこの中からプロになる子はいないかもしれないけれど、でも彼らはきっとこの3年間の経験で他では得られない何かを得たに違いありません。

 

あるドイツの教育者が子どもは小さい間ずっとカメラを廻し続けている。
撮られたフィルムは未現像のまま彼らの心の中に残って、ある時何かのきっかけで像となって現れるのだというようなことを書いていました。
素晴らしい芸術作品を前にその偉大さを自分の記憶の一部として感じられる時、自分が喝采を浴びた時、或いは辛くて悲しい時・・・
どんな時に彼らはファイナルコンサートのステージに向けられたライトや温かい拍手—そしてそれを支えてくれたたくさんのやさしい大人たちのことを思い出すのでしょうね。