“Liberté, Egalité, Fraternité”(自由、平等、博愛)。
いうまでもなく、フランスの国としての標語です。
フランス革命のときに掲げられたものだと習いましたし、国旗トリコロールの青・白・赤もこれを表しています。
ところが、フランスはいつからそうではなくなってしまったのでしょうか。

昨年試写で見た『君を想って海をゆく』(監督 フィリップ・りオレ)を見て深刻な思いに捕われました。

移民の数が半端でなく膨れ上がったフランスの複雑なお国事情もわからなくはありませんが、かの国での移民排斥はエスカレートしていて、移民に携帯の充電器を貸しただけで拘留されたとか、ええっ?!とにわかには信じ難いことが実際に起こっているようなのです。

 

タイトルにある『君を想って海をゆく』のはイラク国籍でクルド人のビラル、17歳の少年です。
恋人ミナが家族と住むロンドンを目指して、彼はイラクからフランスの港町カレまで3ヶ月歩き通しに歩いてきました。
そこでドーバー海峡という文字通りの難関で立ち往生してしまうのです。
最初500ユーロを払ってフェリーでで海峡を渡るトラックに忍び込み密航を企てましたが、呼吸を止めて二酸化炭素検知器をやり過ごす(なんと、ビニール袋を被るのです!)のに失敗して逮捕されてしまいます。

 

ビラルとミナの前に立ちはだかる海。
ビラルは恋人のためにその海を泳いで渡ろうと決意するのでした。
そうして出会うのがフランス人のシモン。
シモンは過去に水泳選手として知られていたのに今はカレの市民プールで一般の人を相手に水泳のコーチをしてひっそり暮らしています。英語教師の妻マリオンとは別居して離婚調停中。

 

「ビラルは恋人のために4000キロ歩き、海峡を泳いで渡ろうというのに、僕は目の前の君すら手放す」というシモンのセリフにあるように年齢と国籍の違う、二組の男女の愛の姿をうまくオーバーレイして見せていきます。
このあたりは恋愛が国技とも言えるフランス人の真骨頂。
ほんとうに切なくて辛くなります。

最初は妻に意外な自分の一面を見せるためにビラルに近づいたシモンでしたが、自分の思いを純粋にただひたすら貫こうとするビラルの姿に打たれて次第に息子のようにいとおしく思い、とうとう自らの危険を省みず応援するようになります。そのシモンに戸惑うマリオン。

 

一方、ミナはロンドンで一度会っただけのさえない男との婚約を父親に言い渡されます。
それぞれ苦しく、追いつめられていく四人…。

 

結末は映画館でみなさんがご覧ください。

 

この作品は映画として何か新しいことに挑戦しているわけではありませんが、しかし細部にわたって人間がようく描けています。
そしてその人間が人間のために作ったはずの社会の矛盾に押しつぶされそうな姿をリアルに丁寧に描くことによって、声高ではなく問題提起をしています。この「声高でない」ということが重要なのです。
あなたがひとりの人間としていろいろな問題にであったときにどう振る舞うか、そのことを考えるきっかけになればいいのです。
映画を何かを主張するための道具としてあからさまにプロパガンダとして使うのは下品なことだと私は思います。

 

この作品がフランスでセザール賞(アカデミー賞にあたる)の作品賞、監督賞、主演男優賞など10部門にノミネートされて、しかも大ヒットしたというのは冒頭のフランスの精神はまだ廃れていないという証拠かもしれませんね。

 

皮肉かもしれませんが、この映画の原題は『WELCOME』です。
あなたは初めて会ったひとに心を開き、相手の言葉に耳をかたむける余裕をちゃんと持っていますか?