あまり好ましい視点とは思いませんが、世代論でいうと私たちのように大人になるかならないかでバブル景気を経験した世代はいわゆる世間でいうところのヘタレだそうです。
ものの見方や先の見通しが甘いという点で。
確かに私たちが若かった頃は今とは全く異なっていわゆる「イケイケ的」な空気に満ちていたように記憶しています。

反省しなくてはならないこと(個人レヴェルでも、社会としても)は多々あったとは思いますが、文化にとってはそれは夢のような時代でした。いろいろな会社や個人が有名な画家の絵をオークションで気の遠くなるような価格で落札し、私設美術館がたくさんできました。
そして世界の名だたるオペラハウスの主要メンバーによる公演が選り取り見取りでした。

いまでも映画仲間の間でよく話題にのぼる「シネヴィヴァン六本木」はゴダール、エリセ、シュミット、タルコフスキー等の映画やボリス・バルネットやパラジャーノフ等の特集を上映しました。
あの頃西武グループは文化戦略を前面に押し出していて、西武美術館ではマルセル・デュシャン、ジャコメッティ、ヨーゼフ・ボイス等、それまでの美術館では滅多に見ることの出来なかった印象派以降の芸術家の展覧会を次々に企画していました。

そうした「メセナ」という言葉が意味する、企業による文化活動の支援は今どうなっているのでしょうか。
あの頃に比べるとかなり下火になってしまった印象です。
米国でのリーマンショックに始まり、欧州の経済不安によるユーロの暴落、続いて歴史的円高…足下が揺らいでいろいろな企業がそれどころではないのかもしれません。

先日銀座のシャネルビルに初めて足を踏み入れました。kあのビルにネクサスホールというスペースがあることを皆さんご存知ですか?
コレクションの発表や写真展につかわれていますが、そこで「シャネルピグマリオンデイズ クラシックコンサート」というイベントがあります。シャネルの創始者であるココ・シャネルが無名時代のピカソやコクトー、ヴィスコンティー等芸術家を支援していたことに基づいて、ビルが完成した2005年から毎年5名前後の若手演奏家にこのホールでのコンサートを開く機会を与えているのです。
パリでピアニスト修行している、友人の甥御さんが今年それに選ばれて、日本での初コンサートに駆けつけたというわけでした。

銀座には他にも海外ブランドの旗艦店がありますが、シャネルと同じような文化支援を行なっているビルがあります。
メゾンエルメスです。
そこにも若手芸術家のためのフォーラムというスペースと定員40人の小さな映画館、ル・ステュディオがあります。
友人がこのビルの庭園をデザインしたご縁で何度か映画を見に行ったり展覧会へ行きました。
エルメスのその年のデザインテーマにあったフィルムをパリのシネマテークに選んでもらい字幕をつけて上映するという贅沢なものです。

ところでこの映画館で私は一度もエルメスのアイコンであるケリーバッグを見たことがありません。
映画や展覧会を終えて階下の売り場を通ってみると、買い物客のひとたちの熱が伝わってきます。
すごいなぁと思いつつ、いつも心の中で彼らに感謝します。
彼らの投資なくしてこうした文化支援は成立しないからです。
エルメスやシャネルで私が買うのは香水や化粧品、よくてスカーフですから大して売り上げに貢献しているとは言えません。

エルメスやシャネルが素晴らしいのは、顧客ではなく若手にチャンスを与えることを文化戦略にしている点です。
私たちが今よりももっとセンシティヴだった若い頃、バブルによってたくさん享受した豊かな文化は何かしら今の自分の大切な部分を支えてくれている自覚があります。
そしてシャネル ネクサスホールで日本での初めてのコンサートを開いた彼は急に大人びて凛々しく、その演奏も素晴らしいものでした。名画をバカげた値段で落札しなくてもいいから、身近にいる若いひとを何かしらの形で応援することが、自分も含めて今の大人に課せられた責任のような気がしています。